「ユキ、ちゅーして」
「はい?」
一瞬、何かの聞き間違いかと思い、もう一度尋ねる。
「もう一度言って貰えますか?」
「だーかーら、ちゅーして?」
背後から抱きつかれたまま、可愛らしく言ってくれるのは、とても嬉しいんですが…今は、場所が悪いというか、なんというか。
「せーんぱーい。ちゃんがおねだりしてますよ〜、ほらほらー女の子に恥かかせちゃダメですって!」
「部長……その、お、俺は…見ていません…から」
「くぅ〜…羨ましいぞ、八木沢」
「えーと、すまないけれど、席を外しても構わない、かな」
「いってらっしゃい!点呼は誤魔化しといてあげますから、ごゆっとり〜♪」
「部長がそんなこと許すわけねぇだろう」
「あいたーっ!火積先輩、痛いよ〜〜っ」
優しい後輩たちの声を背に受け、、賑やかなラウンジから庭先へと移動する。
日中は日差しが強く暑かったが、今は夜風が火照った頬に心地よい。
「…ふぅ」
「ん〜〜…」
「っと、すいません。無理矢理連れて来てしまって…」
肩を抱いたまま半ば引きずるようにあの場を離れてしまい、彼女の意見を聞く間もなかった。
寄りかかるようにして立っている彼女と共に、そばにあるベンチに並んで座り、空を見上げる。
「ほら、見て下さい。月が綺麗ですよ」
「………」
言葉少ない彼女は、もしかして自分の態度に怒っているのだろうか。
それとも、願ったことを叶えてあげられなかった自分に、呆れているのだろうか。
どちらにせよ、話をしなければいけない。
そう覚悟を決めて、彼女の方へ視線を向けた。
「……先程は、すみません。突然だったので、その…」
「くぅ〜……」
「は……?眠って…る?」
僕の方へ体重をかけるよう寄りかかっていた彼女の体が、ゆっくり僕の膝の上に倒れてくる。
その際、鼻を掠めた香りに違和感を感じて、思わず眉を寄せる。
「これは…ラム酒、の香り」
再確認するよう、彼女の口元へ顔を近づけると…ほんの僅かだが、チョコレートの甘い香りに混じってお酒の匂いがした。
「ひょっとして…千秋がくれたチョコ?」
夕方、帰宅した折に、ファンから貰ったもので食べきれないから…と、僕らにもいくつかお菓子を分けてくれた。
その中に、ボンボンのような物があったけれど、度数の高いものではなかったので、ひとりひとつと制限を出して…与えた覚えがある。
「まさか…あれで酔ってしまったんですか?」
酔ってしまったと言うのなら、彼女の口からあのような言葉が出たのもわからなくはない。
安心したような、残念なような…けれど、気持ち良さそうに眠る彼女を見ていると、そんな気持ちも飛散して、穏やかな気持ちだけが残る。
心地よい寝息と、微かに上下する肩。
それを見つめていると、彼女の唇が微かに動いた。
「…ん、ユキぃ…」
掠れるような声を聞いて、思わず跳ねてしまった鼓動。
更に、こんな時に限って、思い出してはいけない言葉や表情が目の前に浮かび、落ち着かせるよう首を振る。
「あれは、酔っていたからだ…それに、今、彼女は眠って…いるんです」
けれど、落ち着こうと思えば思うほど、逆に鼓動はどんどん早くなり、優しく撫でていたはずの手も、いつしか止まってしまった。
「情けないな…」
あなたの眠りを妨げないよう、一度は抑えたというのに…
「………今からでも、あなたの願いを、叶えても、構わないでしょうか」
囁くような微かな僕の願いが聞こえたのか、彼女がぼんやり目を開けて、僕を見つめた。
それを引き金に、僕はそっと彼女へと顔を近づけた。
「…ユキ」
「、さん」
月が、流れる雲に姿を隠した瞬間。
僕は生まれて初めて、大切な女性の頬に、口づけを落とした。
「うわー……惜しいっ!」
「いや、あれでも充分羨ましいっ!」
「でも、あの体勢なら、絶対口にちゅーでしょ?」
「だが、八木沢なら、あれが精一杯だろう」
いつでもどこでも、新くんと狩野先輩は、こんなことしてるんです。
いいんだ、それが面白いから。
そんで、絶対火積にあとからどつかれる事になります。
ウィスキーボンボンをくれたのは、千秋です。
素直になれないなら、これでも食えとか言って渡されたんです。
キスの相談をされた千秋の方がむしろかわいそう(笑)←おい